●43話
通された部屋の床はツルツルで光っているし、色とりどりの垂れ幕が至る所に配置された女性的な部屋だった。
ここの部屋自体も小ぶりだ。
頭を下げて、伏礼の形を取っていると、しばらくして衣擦れの音がして、目前に人が座る気配がする。
「湯浴みはどうでしたか?怖くありませんでしたか?」
落ち着いた、優しい声をかけられ顔をあげると、滅茶苦茶美しい人だった。
ほっそりとした体躯を、幾重にも重ねた布を羽織り、フラニー顔負けに複雑な編み込みを施した髪は、艶やかな黒い髪だった。
「・・・ありがとうございます。」
うっとりしすぎてボウ。となってしまった史絵奈は、ハッとなって答えた。
「さっぱりしました。・・です。」
楓吾のように、敬語が上手く使いこなせないので、恥ずかしい限りだ。
そんな史絵奈の様子に、クスクス笑みを漏らした彼女は、さらに史絵奈の側によってくるのだ。
「綺麗な黒髪ですね。どうやって手入れしていたのです?」
言われて、一瞬意味が分からない。
「え?・・あの。別に何も・・。」
「先ほどの湯浴みで、初めて髪を洗った訳ではないでしょう?」
透き通るような視線を浴びて、彼女の事を恐いと思った。
伊達に御館様の奥方様をしているわけではない。
「もちろんです。・・か・・川の水で洗っていました。」
嘘っぱちだった。楓吾と一緒でなければ、川にすら行った事なかったのだ。
彼に勝手に動くな。ときつく言われていたせいもあったし、小屋の外は野生動物の宝庫だし、いつ猛獣に出くわすか分からなかったから、怖くて行けたためしがなかった。
二人で川の水を飲んだ時も、彼の前で、服を脱いで体を洗う事も出来なくて・・結果、今に至るのである。
「まるで、高価な薬草でも使って手入れしているかのような、髪の毛ですよ。手の指も美しい。」
奥の方様の方が、うっとりしたように、史絵奈の手を触ってくるので、ギョッとなる。
つい、引っ込めしまってから、きまりの悪い顔で、彼女を見上げると、ジッと史絵奈を見つめる奥の方様の瞳とぶち当たる。
ふいに彼女の方が視線を外して、
「そちらの幼子も美しい。・・・御館様がご判断された事に、私は何も申しません。けれども、下女として働いてもらうには、惜しい器量ですよ。
あなた達は・・・。」
(このお方は、何を勘違いしているの?)
訳がわからなくて眉をひそめる史絵奈の様子に、それこそ彼女的にウケたようだ。
ケラケラ笑いだすので、一気に雰囲気が若返る。
(え?奥の方様って・・意外に若い???)
「その余裕ある姿。食うに困った者は、そのように柔らかな瞳をしないものです。あなたの仕事は決まりました。
その幼子はさすがに無理というものですが、私の子供達の相手でもしてもらいましょう。
よろしく頼みますよ。」
言って彼女が顎をしゃくると、それで目通りが済んだ合図らしかった。
「キニィー。この者達を、霧の間へ。ノエルがいるでしょう。当分、かの者に采配をまかせます。
ノエルは気だてが良いゆえ、よくしこんでくれるでしょう。」
ササッと側に寄ったキニィーに耳打ちすると、彼女はコクリとうなずき、
「こちらへ。」
と、声をかけてくるのだった。
史絵奈とナビは、フラニーの衣に隠した自分たちの服を抱えて、逃げるようにして奥の方様の部屋を出てゆくのだった。