●38話
・・・身分ある人の家は、木と土とで出来ているのかもしれなかった。
フラニーの家は、それを覆う壁こそ土壁だったが、中の家は計算され、木と土で合わされた芸術品のような屋敷だ。
磨きこまれた木の床は歩くと、かすかにキューキュー音が鳴る。
一行は廊下を左に曲がったり右に曲がったり・・そしてとうとう場所に辿りついたらしい。
「中にお入りになって・・。」
楓吾に言ったフラニーは、なぜだかヒソヒソ声だ。
扉は開け離れていた。
促されて中に入った史絵奈は、広くて何も置かれていない木の床が続く部屋に唖然となる。
部屋には、誰もいなかった。
部屋の真ん中あたりで立ち止まったフラニーはその場で膝をつく。
座り方は、何と正座だった。
男たちはあぐらをかく格好。
史絵奈と楓吾とナビは、彼等の後をつく場所で、彼等のマネをして楓吾はあぐら。史絵奈とナビは正座をして、屋敷の主を待つのだった。
それでもフラニーの帰宅を、女中が伝達していたのだ。たいして待たずに、彼は現れた。
思った以上に若いのに、ア然となる。
彼の格好も、黒い髪を結いあげて、頭のてっぺんで結いあげた髪型だ。
身分の高い男性は、髪の毛を断髪しないのかもしれない。
フラニーとよく似た形の、たっぷりとした衣を重ねる衣装を身につけていた。
ただ色あいは、フラニーとは違う。
渋い色合いを重ねて、落ち着いた風情を見せていた。年齢を重ねたような雰囲気がただよっているが、肌の艶が違う。
20代後半か、30代の始めくらいのように思えた。
フラニー達に対面する形であぐらをかいた御館様に、
「ただいま戻りました。」
と、まずはフラニーが、軽く頭を下げて挨拶を述べる。
同行した男達は、頭を床までつける伏礼の形をとった。
楓吾と史絵奈とナビは、男達の動作の方を真似た。
三人の立場は、間違いなく、フラニーよりも従者に近いだろうから。
「頭をお上げ。」
低い、ゆったりと響く声が上がって、体を起こすことができる。
「・・・妹を助けてくれたそうで。礼を申し上げる。」
「いえ、とんでもございません。当り前の事をしたまでで・・。」
「ところで、仕事をお探しと聞いたのだが?」
「はい。兄妹単独で何とか暮らしていましたが、限界があって。・・・できれば雇って頂きたく・・。」
淀みなく答える楓吾を見つめる御館様の視線が、一瞬細まって、厳しいものを宿すが、一瞬の事で、元の穏やかな瞳にもどる。
「剣は扱えるか?」
「いえ。」
「体術は?」
「身体能力は、自信あります。教えてください。」
素直に頭を下げた楓吾の様子に、好感持てたらしい。
「親を亡くしたせいで、村から出ていたそうだな。」
「はい。」
「どこのクニの出さえ、記憶にないと聞いたが?」
「申し訳ありません。俺もシエナも、ホントに小さかったんです。 両親を亡くして、売られる直前に逃げた記憶だけが鮮明で・・。」
「あわれな・・。そこの幼子もそうか?」
「はい。」
楓吾の説明は簡潔で、いらない御託を並べない。
短い説明だからこそ、楓吾達の事情の背景を、マムルークならではの想像を掻き立てられたようだった。
青い顔をして座る史絵奈と、それに反して無邪気な顔で御館様を見上げるナビをチラリとみて、
「女子供を二人養うのは大変だったろう。
売られる所を逃げた事情は、年月とともに、時効となっているはず。
それに、巫女姫様がムルティン・アゲハより戻られたこの時期は、とてもよい。
都の方ではすでに恩赦が始まっているというのでな。
フィーゴ殿。我等と共に、生活を送られるがいい。
剣術も、体術もおって自らのモノになるであろう。」
その言葉を聞いて、みるみる力が抜けたらしく、
「ありがとうございます。頑張ります。」
答えて肩を落とす楓吾の様子をみて、史絵奈も
(よかったぁ・。)
と思ったのだった。
「ささやかなものではあるが、お礼の膳も用意致した故、まずはゆっくりお食べになるがよい。」
軽く言った後、サッと立ちあがった御館様は部屋を出て行ってしまう。
きっと忙しい方なのだろう。
みるみる肩の力を抜いて、ホッとなるフラニーの姿を目にとめて、彼女も内心、ビクビクだったのではないかと、思うのだった。
「これで、心おきなくここで暮らしてゆけますわ。フィーゴ様。」
ニッコリ笑顔を、楓吾だけに向けて彼女は言う。
「ありがとうございます。」
楓吾も彼女に返した笑顔・・・。
パッと明るい笑顔を向けられて、フラニーはかすかに頬を染めた。
それを見た史絵奈は、一気に気持ちがしぼんでしまう。
(なんだかイヤな感じ・・。)
ここでの未来に、暗い影が立ち込めてきた感じがして、史絵奈はゲンナリとした顔をするのであった。
「シエナ。大丈夫だよ・・・カザミクンは、あんな女、何とも思わないよ。」
訳知り顔でささやいてくるナビの頭をポンと叩き、
「何バカな事言ってるのよ。・・これからご飯が食べれるんだから、楽しみじゃないのよ。」
ささやく声が、内容に反して暗くなってしまったのに、史絵奈は自分で首を傾げるのである。