●32話
小屋を出る話を、夕方したせいかも知れない。
とても早くに目が覚めた史絵奈は、二人の寝顔を確認してから、まだ薄暗い外に出て伸びをする。
暖かい小屋の中から外に出ると、ブルッと震えが走った。
朝日が昇る直前の森の色彩は淡く、空と木々の濃淡が綺麗に映えて見えた。
(マムルークっていう国はどんな国なんだろう・・。)
景色を見ながら、漠然と不安になってくる。
ナビからちょっとは説明を受けても、国自体の焦点?・・イメージがわかない。
かのんと話した異世界に落ち込んだのだったら、少しは国の背景やらが頭に入っていて、やりやすかったかも知れない。
マムルークなんて国は、初耳だから余計だ。
かの国の人達と、うまくやってゆけるだろうか・・。
(また風海くんのお荷物になってしまうんじゃないかしら・・。)
「それだけは、ならないでおこう!」
決意も新たに、小さくつぶやいた途端、
「何がならないでおこうなんだ?」
すぐ後ろで声がしてビックリする。楓吾だった。
寝ぼけた表情そのままのボケーとした顔は、史絵奈が小屋内にいないのに気付いて、慌てて外に出てきた感じだ。
彼がとても心配症なのは、共に過ごして何度も実感してきたこと。
史絵奈は安心させるようにニッコリほほ笑むと、
「何でもないよ。風海くん。マムルークの人達と上手くやれればいいよなって考えてたとこなの。」
と答えると、肩を落として、
「何だそんな事か・・まだ日も昇っていないのに、外に出て考えることじゃないだろう。」
早く中に入って。
と促してくるので、コクンとうなずき、楓吾と共に暖かい小屋の中に入ってゆくのだった。
それからしばらくして、朝日が昇ると、ナビを起こした。
三人で水を飲みに行き、用をたした後、楓吾の
「出かけようか。」
の言葉がかかると、ナビは魔法の痕跡を最小限に抑えると言った。小屋の外でまた一度印を結んで
「終わったよ。」
というのを出発の合図に、三人は小屋を後にする。
楓吾と二人っきりで過ごした日々は、小屋を出る時になって思い返してみると、大変だったがまるで蜜月のように甘く、切ないものだったような気がする。
ぼんやりと感慨深けに小屋を見ていた史絵奈に、
「・・・待ち合わせの場所は、だいぶ遠くになるから、史絵奈もナビも俺の背中に乗ってみてくれないか?」
と楓吾の声がかかる。言われた通りに、まずはナビが史絵奈の背中におぶさっていった。
それからひざまずいた彼の背中に、ナビごと史絵奈がおぶさって、きっちりしがみついたのを確認すると、
「じゃあ行くぞ!」
と、短いかけ声をかけると、サーと楓吾が跳躍した。
「ひゃあー!」
いきなりとんでもない高みへと上り詰めて、景色がみるみる小さくなってゆくのを、ゾゾゾッと寒気が走って叫び声をあげると、背後のナビも
「ヒー!」
なんてうめいている。
ナビも寒気が走っているようだ。
その声を聞いた瞬間。史絵奈は気持ちがシャキンとなって、
「ナビ!目をつむろう。目をつむれば怖くないわよ。」
と、怒鳴り声を上げて、自身も目をギュウと握った。
「うん。そうする。」
ナビが返事してくる。
楓吾は空を飛んでいるわけではなかった。
樹の上を軽く足をかけて跳躍を繰り返しているせいで、はるか高みに上がったかと思うと、重力のおかげであっという間に下がってゆく。
そのたびにお腹が浮き上がるような違和感にヒヤリとなりながらも、史絵奈はとにかく必死に、楓吾に振り落とされないように、しがみついてゆくのだった。
もちろん史絵奈よりも、軽いナビの方が振り落とされる可能性が高いかもしれなかった。だから、くっついてくる感触を始終確認するのも忘れなかった。
何度そういった跳躍を繰り返したことだろう。
ある瞬間、楓吾は樹の上ではなく、ふいに地面の上に降り立つのだった。
「・・・着いたよ。」
楓吾の言葉にホッとなる。
しがみついたままの姿勢がほぐれない史絵奈とナビを、楓吾は腕を上げて優しくほどいてゆく。
史絵奈もナビも地面に倒れこんでしまって立ち上がれないのを見て、さすがにスピードを上げ過ぎたと思ったようだった。
「お前等大丈夫か?いきなりハードだったかなあ。」
なんて言ってくるので、
「怖かったわよ~、」
と涙声になってしまうのだった。