●30話
楓吾は意外にも、ナビに対する理解が早かった。
あの後、史絵奈がしたように、場所の質問や、この国の特徴などの質問をして、この世界の事を知ろうとしたのだった。
ここが日本じゃない事は、とっくに分かっていたようで、
「確証がなかったから、わざわざ言わなかっただけで、何となくそうではないかと思っていたんだ。」
とつぶやく。
「・・・それに今日。その・・マムルークの人に会ったんだよ。」
言って、腋にかかえていた布に包まれた物を、二人の前に差し出してみせた。
「ここでも盗賊みたいなのがいるみたいで、襲われている民間の人を助けたら、お礼にってくれたんだ。」
ニッコリ笑って、布をほどくと中からは・・・。
「まんじゅうーだあ!」
大きな饅頭にも、パンにもとれる微妙な形の粉物だった。
ちょうど3個あった。
「ナビも食べたい!」
の言葉に、
「食べれるのか?」
と楓吾か聞く。
「ナビだって食べないと死んじゃうよ。実体化してるんだから。」
「一個ずつだぞ。」
「うん。」
言いながら、楓吾は一個ずつ配って、みんなで仲良くそれを頬張った。
「おいしー。」
ほんのり甘い饅頭かパンの間のそれは、とても旨かった。
パクパク食べて幸せの気分に浸る史絵奈の顔を確認して、楓吾は柔らかな笑みを浮かべた。
「これアンの入っていない饅頭なのかなあ。それともパン系?」
史絵奈がモグモグさせてつぶやくと、楓吾は首を振って
「知らねー。」
と軽く答えながら、あっという間に食してしまう。
「服装も、国籍不明だったなあ。・・そうだこれ!」
言って彼は、食べ物を包んでいた布を広げた。
麻のような、ザラザラとした荒い生地の布だった。
漂泊の技術が進んでいないらしい。少し黄ばんだ色は、生成りそのもので、裾の部分らしい場所に染色された糸で模様が刻みこんであった。
(まるで刺し子のような技法・・。)
ふいに思って、模様をしげしげ見てから、ふいに思う。
赤や黄色で縫われた模様は、何かの花のようにも見える。
細かな文様を散りばめられた構図は・・・。
「・・・・助けた民間の人って女の人?」
ポツリと呟く史絵奈の言葉に、楓吾の動きがピタリと止まった。
それを見て、自分の言った事が正解だったと確認する。そう思った瞬間。なぜだか胸がムカムカしてくる。
(どうしたんだろう。私・・。)
慣れない感情は史絵奈を戸惑わせるものだ。
「盗賊に襲われて、お付きの従者も殺されて、マジで大変そうだったんだ。俺も夢中で助けた相手が、偶然女性だっただけで・・・。
あっそれで住んでいる場所に困っているって話したら、家に来て欲しいって話になったんだ。
そこで仕事も紹介してもらえるみたいだし、この饅頭みたいなの、毎日食えるぞ。」
畳みかけるように話し出す楓吾は、妙に饒舌だ。
さらに眉をひそめる史絵奈に、ナビがクスクス笑う。
「シエナが怒った!シエナ変な顔ぉー。」
ナビの言葉に、気が抜ける。
楓吾は困った人を助けただけなのだ。
それが偶然女性だっただけの事。
お礼に貰った饅頭を、一人占めせずに、持ち帰って食べさせてくれたのに・・。
それを思うと、暗い感情に惑わされる自分が、馬鹿にみたいに思えて、
「仕事くれるの?」
と聞くと、
「そうだ。喜佐の事も話して・・・一緒に来ても構わないって。
明日にもそこに出向こうと思っているんだ。
どう思う?ずっとここで、狩猟生活してるのも、限界あるだろう?」
楓吾が答えてくる。
「…もちろん。私もそれは思うけど・・。」
「この布は、村に入った時の証拠のために貰ったものなんだ。
ここの民族衣装みたいなのも、結構喜佐も似合うと思ったんだ。
ちょっと羽織ってみなよ。」
彼に言われて、しぶしぶ羽織ってみると、ナビが絶妙なタイミングで手をたたく。
「シエナ、にあう~!」
とナビの言葉に、
「布一つで、どう似合うっていうの?」
ため息一つついて、つぶやく史絵奈に、ふいに楓吾は髪の毛を触ってきて、まとめ上げるしぐさをするものだから、ビックリしてしまう。
「喜佐の髪の毛は、長いし綺麗だからな。結うと映えるぞ~。」
目の前で、夢見る瞳で言ってくる楓吾の顔を、正視できなくなってうつむく史絵奈に、ナビがさらに畳みかけてゆく。
「シエナ、顔が真っ赤っかぁ~。真っ赤っかな顔ぉ~。」
「ナビ!」
史絵奈が怒鳴ると、ナビはポヨンとした顔をする。
長い自分の髪も同じように結いあげるような格好をして、
「ナビも似合う?」
とやってくる。
「・・・・。」
しばらくの沈黙の後、
「・・・そうやってみると、ナビと史絵奈。どこか似てるな・・。」
ポツリとつぶやく楓吾の言葉に、史絵奈はカッとなった。
「風海君まで、何言うのよ!この子と私。どこが似てるのよ。」
怒鳴り返す史絵奈に、楓吾は目を見開いてビックリした顔をした。