●28話
その後、ナビから様々な情報を聞き取れるだけ聞きとった史絵奈は、自分達がいる森のような場所は、キメイラ森林地区と呼ばれる場所で、マムルークの辺境にあたる小さな部族が点在する所というのがわかるのだった。
楓吾が人気がないと言った通りで、点在する村々からは、少し離れた場所にあるらしい。
小屋は猟師小屋で、猟師がある程度の期間、夜を過ごす時に作られた物だとわかった。
「・・・シエナは古き神、古き神っていうから、ナビもそう言ってたけど、ホントはね。名前があるんだよ。」
マムルークの民がつけた名前だけどね。
ふいにナビに言われて首をかしげる史絵奈に、彼女は目をパチパチさせて
「ムルティン・アゲハっていうの。
意味は、“忌むべき目玉”て言う意味がこめられているんだけどね。」
「ムルティン・アゲハ・・。蝶々の種類みたいだね。」
と、史絵奈が言うと、ナビは笑顔を向ける。
「シュウも言ってたよ。蝶々の名前みたいですねって。」
「シュウって、神崎修さん?」
「そう、ムルティンもそれを聞いて、アゲハの名前が気に入っちゃって、その名前を自分につけたの。
・・・・ムルティンはねえ・・。」
言いながら、ナビは瞳を反転させて、虹色の瞳になる。
どうやら、勝手に魔法を使いだしたらしい。
プログラムが正常に作動しない場合があります。と出た通り、少し暴走気味のナビちゃんだ。
ほどなくして、地図の画像の横に、一人の人物像が浮かびあがった。
「・・シュウが見ていたムルティンの姿。
教室の法則は分かるよね。あれはムルティンの中で起きる法則だから・・視界に映るものすべてが、見る人にとってちがうのが、ムルティンの中。
・・・この姿は、本物じゃないから、全然迫力がないけど・・。」
背の高い、ほっそりとした体型は、男性か女性か分かりかねる印象の人だった。
漆黒の艶やかな髪がどこまでも伸びている。
一枚もののローブのような白い布を羽織り、黒目の大きい瞳には何も映し出してはいなかった。
眉から鼻梁から、薄い口元すべて、繊細なガラス細工で出来た雰囲気を持っていて・・・。
「綺麗な人・・・。」
思わず小さくつぶやく史絵奈に、ナビは満足げな笑みを浮かべると、二つの画像共に消し去ってしまう。
「あっ!」
と、うめく史絵奈を尻目に、ナビは
「そろそろ帰ってくるよ。シエナの好きな人が・・。」
と、言うものだから史絵奈は咳こんでしまった。
「妙なこと言わないで!・・・でもその事、絶対風海君の前で行っちゃダメだよ。」
暴走ナビちゃんは、便利な反面とても危ないプログラムだ。
キツく念を押す史絵奈に、ナビはクルクル動く瞳で見返してきて、
「カザミクンって言うんだね。言っちゃダメなんだ。ふーん。」
と、言う者ものだから、頭を抱えてしまった。
「なんていうプログラムなの・・。」
ひっそりつぶやいた史絵奈の言葉をナビが拾う。
「ナビはプログラムじゃないもん。
史絵奈が自分で解りやすいように勝手に解釈して、セットアップとかインストールとかの手順を踏んだみたいだけど・・。
ナビはシエナの一部。ムルティンの一部!」
はっきり言い切る彼女の言葉に、
「ハイハイ、分かったから・・・そんなにテンション上がらないで。
疲れるから。」
「だって、分かってほしいもの・・。」
プーとほっぺを膨らませる彼女を見ていると、今度は笑いがこみ上げてくる。
彼女はそう・・・まるでオシャマな小さな女の子そのものだ。
そして、史絵奈の従妹の“舞”に感じがそっくりだった。
年齢がちょうど似通っているから、余計そう思うのだろう。
小さなくせに、大人の世界を知っているような顔をする。彼女はよく子供らしからぬ表現をして、大人達をびっくりさせた。
「史絵奈も、小さな頃は、こんなだったわよ。」
親戚一同集まった席で、舞が言う事に爆笑する母や叔母が、きまって史絵奈の幼い頃の話を持ち出してくる。
とばっちりが、こっちまで来るのを、
「私、こんなじゃなかったわよ。」
と、何度も反論するが、笑みを浮かべた母達は、首を縦には振ってくれなかった。何とも言えない思いをした事を思い出す。
そんな穏やかな、あの景色にもう一度戻りたいと思っても、戻れない状況だ。
「あっ。カザミクン。お帰りぃー。」
明るいナビの声にハッとなる。
振り返ると、目をまん丸に見開いて、仰天の表情を浮かべる楓吾の姿があった。