●23話
・・・それからの楓吾の行動は早かった。史絵奈から預かったカッターで、簡単な矢じりを数本作ると、
「じゃあ、行ってくるよ。くれぐれも用心しろよな。」
と、明るく言い放って、さっさと出かけてしまったのだった。
ポツンと小屋に残された史絵奈は、しばらく小屋の中で佇んでいたのだが、あちこち雑草が顔をのぞかせているのを目にして、まずはそれらをむしり取ってゆく。
それから少しでも小屋の中が居心地よくなるように、草で作った即席の箒で埃を払った。後は何をしたらいいのかわからない。
そんな感じでまんじりともせずに過ごして日も落ちて、やっと楓吾が帰ってきたのだが、狩りは失敗に終わったらしかった。
地図も何もない、同じような景色がつづく森の中を彷徨って、迷わないだけでもよかったくらいだ。
楓吾の無事な姿を見て、ホッとして力が抜けた。彼なりに必死に動き回ったようで、制服は、あちこち破れてみるも無残だ。
「この近くに、人がいる気配さえ見えなかった。」
肩を落とし、疲れきった顔でつぶやく彼に、
「一日目だもの。森は広い?」
と、質問すると、
「広いもんじゃない。すべてが森で埋め尽くされているんじゃないか?」
そんな風にも、考えてしまったよ。
「だから、ここが日本なのか、そうでないのか分からない。」
首を振って暗い顔の彼に、史絵奈は
「まあ、無事で帰ってきてくれてよかった。のど乾いていない?水飲みに行こうよ。私、朝から一口も飲んでいないのよ。」
わざと明るく言い放つと、楓吾はフッと笑みをもらした。
「水筒が欲しいな。」
ポツリとつぶやいて、「行こうか。」と手を差し出してくるので、その手を握る。二人で川のそばまで向かい、夢中で水を飲む。
川の水は澄んでいて、とても旨かった。
その日は水だけで、なんとか飢えをしのぎ、夜を明かした。
次の朝も「今日こそ、何かとってくるから・。」
というも、空振りだった。手には少しの菜っ葉らしき草が握られていた。
サバイバル経験のない楓吾は、植物を見ても、どれが食べれる植物か見分けが付かないらしい。
それは史絵奈にしても同じことで、試しに食べて見ようと二人で結論を下した。
小松菜かホウレンソウに酷似してる草を、鍋も火も両方ないので湯がきようがない。そのまま口にして、あまりのまずさに二口目が入らないほど。
その上、見事にお腹を下した。
毒草だったのかもしれない。
苦しみにのたうちまわる夜を過ごして、朝を迎える頃には意識も朦朧となってくる。
なんとか水分は取らなければ。と、お互い手を取り合って川まで辿りついて、水を飲んだ。
倒れこむように小屋に戻った後に、楓吾はまた狩りに出かけようとするのだ。
これでは出かけた先で、倒れてしまうようなものだ。
「風見くん。ダメよ、そんな体で。」
さすがに史絵奈は止めるが、うつろな瞳で彼は首を縦に振らない。
「やばくなったらすぐに帰るから。」
言い置いて、楓吾は矢じりを手に取る。
「お願いだから、行くのをヤメて・・。」
縋るようにうめく史絵奈に、、彼は肩越しに振りかえり
「俺は喜佐ほどバテていないから、大丈夫。」
と呟くが、足どりはよろめいている。
(バテていないって・・フラフラじゃない。)
ふらつく足どりは、口ほど元気じゃない事を表わしているのに、彼は行ってしまった。
史絵奈は制止しきれなかった。
悔しさのあまり、歯を食いしばるしかできない自分が、あまりに情けなかった。
残された史絵奈は、小屋の中で動けずにじっとしていると、次第に体もマシになってくる。
悪い物(毒素?)を全部出した後で、水分を補給すると、体は何とか持ち直してくれたようだった。
(風見君も、マシになってるかな・・。)
心配しながらも、一息つけたことにホッとし、立ち上がろうしてサーと目前が暗くなる。
貧血特有の症状だ。ふらついて、またうずくまって横になっていると、胃がキュウーと締め付けてくる感触。
猛烈に襲ってくる飢餓感だった。
体が欲していた。
食べ物を。
食べ物を補給できるアテのない状況は、ダイレクトに“死”の恐怖が湧きあがる。お腹が空いたと思うと、何も考えられなくなる。また意識も朦朧となってくる。
何を見ても、食べ物に見える。おいしそうに見えた。
小屋の中の木でさえ・・。
ほどなくして、楓吾が小屋に帰ってきたようだった。
半分朦朧となっているためか、彼の姿は影のようにおぼろげに認識できただけだが、彼だと分かった。
いきなり目の前に差し出されたのは・・。
ネズミのような小動物が一匹。
それだけは焦点があった。肉だと思った瞬間、史絵奈はそれを、奪い取ってそのまま歯を立てた。
毛と皮におおわれたそれは、肉にたどり着くまで何度も歯を立てないと、口には入ってこない。
致命傷になったらしい傷口に歯を立てると、豊潤な液体が口の中に行き渡る。
鉄臭い臭いを、そう感じでしまうほどの飢えからくる感覚だった。
生のままの肉を口の中に入れ咀嚼し、呑みこんだ瞬間。震えがくるくらいの歓喜の感情が湧きあがる。
体中が、“生”への喜びを表わしているのだ。
(私は動物だ・・。)
思った瞬間だった。
植物のように、太陽の光をエネルギー源にできない。他者の生を喰んで、自らの生をつなぎとめる動物なのだ。と・・。
「風海くん!続きを食べて!このままじゃ、私。全部食べてしまう!」
涙ながらに訴える史絵奈に、彼は頷いて
「分かった。俺も食べるよ。」
と答えると、びっくりするくらいに素早く、ネズミのような小動物を奪い取ると、史絵奈同様直接歯を立てた。
生のままで。皮をはぐ事もせず・・・。
それから二人は、むしゃぶりつくように、小さな命を自分たちの物にすべく、夢中で食した。
奪い合うように歯を立てて、同時に涙が止まらない。
生の肉は、単純に旨かった。
今まで食べたどんな御馳走よりも・・・。
さすがに骨と毛と皮は食べることができなくて、それ以外はきれいに平らげたとしても、飢餓感は治まらなかった。
けれどもネズミのような小動物が、史絵奈達の命を繋ぎとめてくれたのは、間違いなかった。朦朧としかかっていた意識がハッキリしだす。
さらに“もっと食べたい!”と、本能が訴えてくる。
そして、涙が止まらなかった。
ポツリと楓吾がつぶやく。
「火をおこす方法を、考えなきゃな。」
と。