●14話
かのんは、親しくもないクラスメイトのために、小さな弁当を半分よこしてくれた。
史絵奈だったら絶対しない行動だ。
たったそれだけの行動が、史絵奈の中の、彼女に対するイメージが変わった。
元々バトミントンの県大会にも出場し、優勝こそ逃がしたものの、彼女は史絵奈の所属するクラブ内では、エース的存在だ。ただでさえ、ちょっとした憧れのような、思いを抱いていたのだ。
スラリとした体型から繰り出されるスマッシュは、びっくりするくらいの威力をもって、相手の畏怖を勝ちえるものだった。
かのんと初めて対峙した時に、彼女の瞳を見て震えが走ったことだってあったくらいだった。
弁当の一件から、一方的な信頼を寄せる史絵奈は、かのんと帰りの方向が一緒だと知るや、
「一緒に帰っていい?」
なんて、自転車を寄せる。
元々、一匹狼的なカリスマを持つ彼女は、誰とでも仲が良い反面。特定なグループに入りこんだりはしない。学校内では、おいそれと近寄れない雰囲気を持っていたのだが、帰りはそうではなかった。
自転車を寄せる史絵奈に、かのんはニッコリ笑って、
「いいよ。」
と軽い返事。
彼女と他愛のない話をして、帰れた時は、とても幸せな気分になったのだった。
史絵奈の家の方が遠方にあるせいで、帰りの道は、かのんの家の前まで来ると、そこでバイバイをするようになる。
少し遠回りなったが、史絵奈はあえて黙っていたのだった。
そんなある日、天気予報が外れて夕方に雨が降った日があった。
その日は昼過ぎから、厚い雲が覆っていてイヤな天気だった。
クラブ活動を終えて、学校から出た時にはさらに雲は厚く、暗く、史絵奈とかのんはあわてて自転車を進めたものの、途中で降られてしまった。
大粒の雨はみるみる量を増やして、制服を濡らす。
何とかかのんの家の前までたどり着いて、さすがの彼女の
「うちで雨宿りする?」
のコメントに甘えたのだった。
かのんの家は文化住宅の二階だった。
コンコンと足音を鳴らして家の前までくると、カバンから鍵を取り出し、ドアを開ける。
「どうぞ、中に入って・・。」
はじめてのかのんの家の中だった。
ちょっとしたドキドキ感を持って、史絵奈も中に続いた。
タオルを渡される。それで濡れた髪を拭いているとお茶を出してくれる。
視線を巡らせると、本棚にある小説のハードカバーが納まっているのが目に入ってくる。
とっさに、
「あっ、神崎修(かんざきしゅう)だ!この人の小説、私も知ってるよ。
うちの兄貴がファンみたいでさ。本棚にあったから読んみると、意外に面白かったの。」
と話してみると、途端、かのんの瞳に力が宿る。
「ほんとう?・・・初めて聞いた。修さんの小説が面白いなんて言ってくれる人。」
と、答えてくる。
「史絵奈のお兄さん、よく見つけたね。売れてないから、ほとんどの本屋には置かれていないのよ。
・・・実はさあ。神崎修は、私の叔父に当る人なの。」
照れるように話すかのんの笑顔は、史絵奈には、なぜか眩しく映った。