●11話




 気付くと、森の中で楓吾と二人で倒れていた。
 先に気づいたのが、史絵奈の方だったらしい。近くで倒れていた楓吾の姿を見つけると、あわてて彼の側に近寄り、安かな息をしているのを確認した瞬間、安堵の吐息を漏らす。
 彼の無事を確認すると、次は“ここはどこだ”だ。
 木々の間から洩れ見えた太陽は一つ。中天にあって、やわらかな日差しを浴びせかけている。
 木々はどこまでも深く生い茂り、同時に人の気配も感じられなかった。 鳥の声、何百といる虫達の伊吹の合唱は、かの世界にも、元の世界にもある“自然そのもの”だった。
 けれどもシン。と底冷えするような、ひんやりとした空気は、史絵奈が暮らしていた秋のものでは、ないようにも感じられる。
(わかんないわ。ここがどこなのか。・・・でもこれじゃあ、夜になったら、どれだけ寒くなるだろう・。)
 ブルッと震えて心の中でつぶやいた時に、楓吾が身じろぎする気配がしたので、ハッとなる。
 彼に向きなおり、問いかけようとして、激しい拒絶にあった。
 楓吾にドンと突かれた。史絵奈の体は吹っ飛んで、全身に衝撃が走り、頭がクラッとなる。
 うずくまる史絵奈に、
『俺は、お前の剣になんかならない。』
 と、楓吾が呻くように怒鳴ってくるのだ。
(風海くん。誤解している!)
 史絵奈はクラクラする頭を抱えて、顔を上げた。
「違うの風海くん。
 あの女の人は、失敗したみたいなの。私は彼女に体を奪われなかった。
 喜佐史絵奈のままなの。私達、何とか、教室みたいな空間から出ることが出来たみたいなのよ!」
 史絵奈の口から出た言葉は、日本語だった。
「喜佐・・。」
 口を開けて呆然となる楓吾の表情。けれども一瞬後には、顔をクシャリ。と歪ませて、
「お前、どうしてあの女の条件を呑んだんだよ!」
 と、怒りもあらわに怒鳴ってくる。
「そんな事されると、重すぎなんだ。
 俺のために自分を犠牲にするなんてやめてくれ。
 もしこれからも、危険な事が起こったとしても、まずは、自分の安全を優先させるんだ。
 ・・・たとえ、こんな状況になるきっかけが、喜佐にあるとしてでもだ。」
 楓吾の怒声は、史絵奈に応えるスキを与えない。
「・・・・俺って、マジ格好悪いじゃん
 それに異世界に一人で残されて、どうしろって言うんだよ。
 俺、結構気持ち小さな男なんだぜ。」
 怒鳴りながらも、彼は史絵奈に近寄ってくる。
 苛立った様子で、うずくまっていた史絵奈の腕をグイッととって立ち上がらせると、全身怪我をしていないかさすって確かめた。異常がないことを確認すると、
「・・いざという時は、俺だって、自分の体を一番に取るから、お前もそうしろ!」
 宣言するかのように、言いきった次の瞬間、強い力で抱きしめられた。
「自分を大切にしてくれよ!」
 小刻みに震える楓吾の体。切なくなるくらいに彼の感情が、伝わってくる。声もなんだか詰まって聞こえて・・。
 それを聞いた瞬間。史絵奈の中でも感情の大爆発が起こった。
「ごめん。風海くーん。私だって怖かった・・。」
 うめいて史絵奈も、彼の体に腕を回した。ギュウと、力を込めて抱きついて泣き叫ぶ。
 この彼の存在が、どれ程頼りに出来た事か。こんな異常事態だからこそ、感じることの出来た、楓吾の誠実さや優しさは、史絵奈の心をある方向へ、傾かせるには充分だった。
 ひょっとしなくても、楓吾の瞳には涙が浮かんでいるのかもしれなかったが、抱きしめられているせいで、はっきりとは分からない。
 けれども史絵奈の方が、彼以上に涙がポロポロ流しているのは、確かだった。
 大泣きに泣いて、お互いの無事を確認しあったのだった。




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