●8話



 パニックから脱した楓吾の状況判断。分析能力はすでに証明済みだ。
 それに、かのんの血を自らの中に取り入れたからには、彼にも知る権利はあるはずだった。
(風海くん。・・・すごく怒るだろうなあ・・。)
 思ったものの、言わない方がややこしくなってしまうだろう。
 心の中でつぶやいた史絵奈は、小さく息を吸い込み、気持ちを落ち着けると、
「・・・あの。私が本家じゃないの。本家はかのんなの。」
 と言葉を紡ぎだしてゆく。
「かのんって、同じクラスの相川かのんか?」
「そう」
 史絵奈は答えてから、なるたけ分かりやすいように、かのんとの事をかいつまんで説明した。
 かのんは実は、異世界の人の細胞を持って生まれてきた人だということ。
 叔父が死に、史絵奈達がいる世界にいられない事態が起こって、かのんは不安におののいていた。
 だから、史絵奈なりの方法で、食い止めようとしたこと。
 それでも、かのんは異世界に引きずられてしまった。彼女の細胞を取り入れた史絵奈までも、どうやら引きずられてしまっているような事態が、今現在起こっている出来事だということ。
 荒唐無稽な、ありえない話を、彼は茶化さなかった。
 真剣な瞳で質問を繰り出し、支離滅裂になりがちな史絵奈の話を、彼自身、分かりやすいように、導きながら、聞いてゆく。
 そして、ほとんどを話終えた史絵奈に、風吾の視線は冷たかった。
「・・・で、相川と、同じような状態になってしまったってわけなのか・・。」
 お前なあ。
 呆れた表情でつぶやく彼に、史絵奈はあわてて
「厳密には、かのんと私達の状況は、違うものになっていると思うの。異世界にそのまま連れ出されたわけじゃないから。」
 教室に閉じ込められた・・っていう感じで・・・。
 彼の氷点下の視線を浴びて、史絵奈の言葉はだんだん小さくなってゆく。
「・・・だから、こんな風な状況になっても、冷静でいられたんだな。」
 少しの沈黙の後、ため息一つ吐いて、風吾はつぶやいた。
 肩を落とした姿は、呆れてものが言えない風情だ。
「あの・・その・・ごめんね。風海くんまで巻き添え食わせてしまって・・。」
 ペコリと頭を下げて、史絵奈は謝った。史絵奈にできることと言えば、これくらいしかできない。
「・・・実はどうなってしまうのか、分からなかったんだろ?
 相川の細胞を、取り入れた後がさ。」
 ポツリとつぶやく低い声に、思わず顔をあげると、意外に柔らかい彼の瞳にぶち当る。
(怒ってない?)
 不思議に思う
「相川の細胞を取り入れて、もしかして死ぬかもしれなかったのに、それをして・・そんな体になってしまって。
 ・・・俺の事だって、自分の体を傷つけて助けようとしただろう?
無茶すんなよ。」
 楓吾のその言葉。
 史絵奈は、ポカンとなって、彼の顔を見つめ、何となく彼の言いたい意味がわかると、うろたえた。
「・・無茶なんて・・かのんは、特別な友達なの。できる限りの事をしてあげたかったのよ。」
「・・・それが無謀なんだよ・・。」
 楓吾の小さくつぶやく言葉に史絵奈が
「え?」
 と聞き返すと、
「なんでもない。」
 と短く答えるのみ。
「・・・で、喜佐のわかっている事は、そこまでなんだな。
 この教室が、なんでこんな風になってしまっているのか。この状態が、いつまで続くのかとか・・・。そもそも、ここは思念の世界なのか。実体ある世界なのか・・・。」
 楓吾の質問に、史絵奈はコクン。とうなずく事しかできなかった。
「俺達の体は、変化しているが、どう変化しているも不明。」
 判決文を読み上げるかのように、楓吾は言い切る。
「相変わらず、訳のわからない事づくしだ・・。」
 小さくつぶやいて、楓吾は椅子に座ったからだを投げ出して、フーと深い吐息を吐きだす。
「あぁー、タバコ持ってきてないんだ。タバコ吸いてー。」
 手のひらを額にあてて、つぶやき、ハタと思ったらしく、手を外す。
史絵奈を見つめると
「喜佐。・・・は、持ってないよな。」
 その問いかけには、もちろん力強くうなずくのだった。





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