●6話
そんな言葉が史絵奈の中で浮かぶ。
それからの史絵奈は夢中だった。
彼を死なせたくなかった。
やわら立ち上がって自分の机の中を覗き込み、中の物をぶちまける。
(何か!何かなかったかしら・・・!)
切れるもの・・・。
カッターを探し出して、史絵奈は服を脱いだ。
片方の腕を出して、柔らかで切れやすそうな場所に、見当をつける。
史絵奈は思いっきり、自分の腕の内側を、切り付けていた。
(かのんの力を!!)
ありえない力を持つかのんの血を、取り込んだ自分のモノを分け与えれば、楓吾は助かるかもしれない。
確証はなかった。
けれど、今の史絵奈にできることはそんな事しかなかったのだ。
カッターで付けられた切り口から、みるみる血が溢れ出てくる。ひょっとして動脈を切ったのかもしれない。
こっちの方も、楓吾ほどではないものの、ものすごい量だった。
ブルブル震えながら、さらに切り口を深めようとして・・・。
ジューと音がする。
異音と共に、きな臭い匂いが辺り一面に漂い出すのにハッとなっる。
下を向くと、史絵奈の血が楓吾の血溜まりに落ちて、混じった部分の色が変化していた。
色が変わる境界線上には、かすかだが煙まで出ている。
まるで化学変化を起したよう・・・。
どす黒い灰色に変化した血溜まりは、みるみる楓吾の血液を腐食してゆく。
楓吾の服に付いた血の色まで灰色になるのを目にした時、さすがの史絵奈はこの方法はやばいと思った。
カッターを離して、彼から遠ざかる。ポトポトと床に落ちる史絵奈の血液は、楓吾の血で交わらなければ赤い色のままだ。
これで血液の浸食はおさまるのではと思ったのだが、遅かった。
服に付いた血液は、見る間にすべてどす黒い灰色に変化してゆき・・・。
手のない制服の袖にかかり・・・。
楓吾の体がビクン。と、跳ねあがる。侵食は体の内部にまで入っていってしまったのだ。
カッと目が開く。真っ白な瞳。
「ウァギィガー。」
UGkya−!
ともとれる、獣の咆哮に近い怒声が上がり、体全体が硬直して弓なりに反りかえった。
楓吾の体の血管が浮き出てくる。
同時に体の皮膚の色が変化する。
どす黒い灰色に・・・。
(ああー!どうしよう!)
こんなことになるなんて!
「風海くん!」
史絵奈は叫んで彼のもとに駆け寄ろうとして、それはできない。
腕からドクンドクンと脈打っていて、出血が治まらないからだ。
このまま史絵奈が楓吾に触れて、また血液が混じればどんなことになるか知れない。
なすすべもなく見守る史絵奈のそばで、楓吾は断末魔の怒声を上げて口から泡をふく。
ふいに体の力が抜けて、楓吾はパタリと床に転がった。
怒声もピタリと止まる。
「・・・か・・ざ・みくん?」
恐る恐る近寄った史絵奈の目に入ってきた彼の姿は・・。
断末魔の表情そのままに、瞳孔が開き、息を止めたかのような楓吾。
「嘘・・。」
自分の血が楓吾に付かないように拭う。それから近寄って、出血していない方の手を彼の首に押し当てた。
脈拍が伝わってこない。そもそも生きているならあり得ないくらいに、楓吾の体は冷たく硬かった。石のようだった。
(死んじゃった・・・。)
がく然となる。
認めたくない事実だった。
立ちつくす史絵奈の足元で、ふいに楓吾の体がピクン。と跳ね上がった。
同時にガタン。と、岩のようなものが、床に当たる音が教室中に鳴り響く。
(!)
小さな痙攣のようなそれは、みるみる大きくなってゆき、灰色の皮膚の色が変化する。
質感が変わる。始めはガタガタいっていたものが、ゴトゴトとこもった音になり、柔らかいものに変化する。
真っ白になって、血色のいい肌色へ・・。少し日に焼けた元の楓吾の肌へ・・・。
カッと見開いた瞳に力が宿る。
顔の筋肉が弛緩して、安らかな表情に戻る。
その変化を、ボー然としたまま見守り・・・。
彼の瞳が、ゆっくりと史絵奈を捕えて・・・。
「・・・俺、一体どうなった・・。」
史絵奈に問いかける声の色。
(生き返った!)
「風海くん・・・。」
しっかりとした声に、史絵奈は感極まった。鼻の奥がツンとなる。
彼は何か違和感を感じるらしい。失くなってしまった腕の先を見つめた。
二人の注視の中で、切れた腕が再生してゆく。
モリモリ肉が盛り上がって、掌の形ができて、指が形成されてゆく。
「嘘!」
楓吾のあ然とした声があがる。
手のひらが完全に再生されたのを確認して、びっくりした顔を、史絵奈に向ける。
「お前、…いったい何者だ。」