●2話
「・・・どうなっているんだ?」
ポツリと呟いた楓吾は、フラフラと窓に近づいてゆく。指で触れようとして、史絵奈は思わず
「触んない方がいいよ。」
と、どなってしまっていた。楓吾はビクッと体を震わせ
「え?」
と、うめいて改めて史絵奈の存在に、気付いたようだ。目を見開いて見返してくる彼に、
「・・・・なんだか、状況が変わってきているようだから、むやみに触んない方がいいかも・・。」
と、史絵奈が問いかけると、彼は首を横に振る。今度は教室の扉の方に向かっていった。
扉に手をかけて、うんともすんと動かない。
「あっ携帯・・・。」
言って彼はポケットから携帯を取り出して、
「・・・圏外だ。」
と呟きながら、何度も画面を見つめている。
一連の彼の動作を見つめながら、史絵奈はある考えに思い至った。
この教室内は、変化してしまった。と。
おそらく史絵奈も、かのんと同じように、呼ばれてしまったのかも知れない。
彼女とともに、ある行為をしたから・・・。
ただ史絵奈はかのん本体ほど純正とはいえず、彼女ほどダイレクトに召喚されずに、こんな中途半端な状況に、陥ってしまっているのかもしれなかった。
あくまで推測だったが。
ということは・・・。史絵奈は楓吾を、巻き添えにしてしまった。
彼が偶然教室内に入ってこなかったら、異空間にほうりだされるのは史絵奈のみで、彼は無事だったはずだった。
史絵奈は、自分がありえない状況に陥ったことよりも、彼に迷惑をかけてしまっているのに、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「どうして外で出れないんだ!」
混乱し、据わった瞳で叫ぶ楓吾に
「ちょっと、冷静になろうよ。パニック起こすと、訳の分かんないことしちゃうから。」
と手を広げて言いつのる史絵奈に、彼は物凄い表情でにらんでくる。
彼の体が小刻みに震えているのを目にして、史絵奈は思わず楓吾の体を抱きしめていた。
「大丈夫だよ。きっと元通りになるよ。だから、落ち着いて、大丈夫だから・・。」
何が大丈夫かどうかは、史絵奈だって皆目見当がつかなかった。
その場しのぎのコメントを吐きながら、楓吾の背中をさすってゆく。
「なんで俺達、閉じ込められてるんだぁ。」
(風海くんには、かのんの事を絶対言えないわ・・・。)
叫ぶ楓吾の体をさすりながら、史絵奈はせっぱつまった思いで、心の中つぶやいた。
この現象が、史絵奈によってもたらされたなんて知れたら、それこそ彼は史絵奈をなじるだけではおさまらないだろう。
ひらすら楓吾の体をさすり、根拠のない「大丈夫。」を連発して・・・。
どれくらい時間がたったのかろうか。
楓吾の体の震えが治まって、息遣いも荒々しいものから、次第に静かなものに変ってゆくのを、体を通して感じることができる。
それでも不安で楓吾の体をさすり続けていた史絵奈だったが、彼のほうから体を離してきて、
「さっきはごめん。喜佐だって、訳がわからないのに・・・。」
と、ポツリ呟いてくる。
ひとまずはパニックを回避できたようだ。
「えぇ。私だってよくわからないわ。」
言って、史絵奈はもう一度教室内を見渡しだす。
パッと見ただけでも、違うのがわかる。
窓はポッカリと穴が穿たれたように暗闇がのぞいているのに、教室内は柔らかな西日に照らされていた。
斜めに落ちている影は固定されて、まるで静止画像のように景色が止まってしまっている。
(元に戻れるかしら・・・。)
異世界の力が介入しているのだとしたら、助けを待っても無駄なことだろう。
ここに閉じ込められたまま、干からびてしまうのだろうか。
心の中で呟きながら、絶望感がモクモクとわきあがってくる。楓吾でなくても、頭をかきむしりたくなるような状況だ。
「・・・お前、すごいな。こんな時に冷静にいられるなんて。」
視線を戻すと、楓吾の感心した顔にぶちあたる。
思わず動揺してしまった。
「そんなことないよ。風海くんが先にパニック起こしたから、冷静になれただけ。」
「そうなのか?・・でも、おかげでおかしな行動にでずにすんだよ。」
サンキュー喜佐。
意外に素直にコメントしてくるので、史絵奈はとても居心地わるい思いをする。
(かのんとの事があるから、少しは冷静になれただけなんだよ・・。)
その事はやはり言えない。
かのんのアンカーになると決めた段階で、史絵奈は不可思議なことが起こる可能性くらいは、頭の中に入っていた。
漠然とでも心の準備ができていたのだから、意外に冷静な顔を出来ているだけだった。
中途半端な笑みを浮かべて、
「この状況はどう思う?」
なんて、彼に質問してみると、楓吾は首をかしげて
「・・・そうだなあ。まるで俺達隔離されている感じだよな。なんでこんな感じになっているのか、訳がわからないけれど・・・。
まるで、時空のはざまに落ちてしまった感じだよな。
この西日を見てみろよ。光と影が固定されて、まるで景色のフリーズだ。」
と、答えてくる。グルグル教室内を歩きながら、クラスメイトの机の中をのぞいて、
「げっ!」
とうなった。