●1話




『かのんがいなくなった・・。』
 それを聞いた時、史絵奈は眩暈をおこして、倒れそうになった。
 何でもない素振りで、話を聞きながらも、さすがにすごい顔色をしていたのだろう。
「大丈夫?」
 と、心配げな顔をされる始末だった。
「ちょっと、ビックリしたから・・。」
 ハハハッ。と乾いた笑みを漏らして、その場はやり過ごしたのだが、昨日まで高熱を出して、学校を休んでいた史絵奈は知らなかったのだ。
(・・・かのんが、行方不明だなんて・・・。)
 やっぱり呼ばれたの?
 心の中で呼びかけるが、もちろん答えは返ってこない。
(かのんは異世界の住民・・アンカーだから・・。)
 その事を周りに言ったら、即座に精神科へ行けば?と言われるだろう。
 二人だけの秘密だった・・・。
 混乱する史絵奈をよそに、教室内でも、ザワザワと落ち着かない雰囲気が漂っていた。
 警察が来るという話を、聞いたせいもあるかもしれない。
 少年課の人達もやってきて、かのんが行きそうな所。交友関係など一通り聞いた後は、潮が引くかのように署に戻って行ってしまう。
 先生も、心配げな顔をしながらも、プチ家出扱いだ。
 クラスメイト達も、警察官達が帰った後は、落ち着かない顔をしていたものの、すぐにも元通りの日常風景に戻ってしまった。
 主が空のままのかのんの机だけが、史絵奈には、迫って見えた。暗黙の救助を訴えているようだった。
 時間は刻々を過ぎ去ってゆく。そして、とうとうその日の授業はすべて終わって、下校する時間になってしまった。クラスのみんなも高校受験に向けて、それぞれ塾や、家路についてゆく。
 史絵奈だけがポツンと残された状態になっても、まだそこから離れることができなかった。
(どうしたらいいの・・。)
 思いながらも、どうしていいか分からない。
 史絵奈が心配し過ぎなのかも知れない。
 実は周囲が認識するような、本人の意思によるプチ家出かもしれないのだ。
 けれど・・。
 史絵奈のカンが、“否”と答えてくる。
 2,3日前、史絵奈はかのん本人と、話をしたから。
 とても、家出するかのような素振りが見えなかったし、それより不気味な現象にあって、おびえているくらいだった。
(だから、あんな行為をしたのに・・。)
 かのんの机に突っ伏して、悔し涙を浮かべて、歯を食いしばっていると、なぜだかかのんの机とイスが、軟らかく変化したような気がした。
 次の瞬間。明らかにズンと体に振動が走る。
 微妙な”場”の変化を感じた。
 それは、何度もおきて、次第に強くなってきて・・・。
 かつてかのんと二人きりで過ごした時に、馴染みになっていた異世界の息吹と、とても似ている感じがした。
 けれども、いつもの“場”の変化とは明らかに圧が違う。
 みるみるひどくなってゆき・・・。
(何?)
 史絵奈が動揺していると、ふいに教室の扉が開いた。
 同じクラスの男子生徒だ。
 この変化に彼は気づいていないのだろうか。
 かのんの机に蒼白な表情でしがみついている史絵奈の姿に、少し眉をひそめて自分の机の中をゴソゴソやっている。
 探し物が見つかったのだろう。
「あった。」
 と小さな声をあげて携帯を取り出す彼の姿を確認した時、
 キーンと、耳をつんざくかのような異音が、部屋中にとどろきだす。
「何?」
 そこで初めてこの部屋に起こっている異常事態を、やっと感じる事ができたらしい。
 同時に史絵奈には、かすかにあるものが見えた。
 教室の椅子や机が透けて見える。まるでビジョンのように、景色が映り・・・。


 古びた木の机。木の器。
 室内は暗く、木の壁。
 そこは日本ではありえない光景だった。
 国籍不明の衣装をまとい、戸惑った表情を浮かべているかのんがいた。
 彼女の背後には、土で盛り上げた釜戸のようなものまでがあった。


 史絵奈の頭の中で、みるみるあることが確信となって、膨れ上がる。
 かのんと話題が盛り上がった時に、浮き上がった不思議な光景は、異世界の景色だった・・・。
 今はその中に、かのんがいた。
 おそらく、かの地は異世界。
(やっぱり、呼ばれたんだ!)
 「かのん!」
 思わず叫び声をあげるが、かのんには、史絵奈の姿は見えないらしい。
 映像は一瞬で、はかなくも消えてしまう。


 さし上げた手をダラリと下げてガックリとなった史絵奈は、
 「なんだこれは!」
 と、そばで叫び声に近い声が上がるので、ハッとなる。
 蒼白の表情で立ちすくむ、クラスメイトの風海楓吾の顔があった。
 楓吾の瞳は、ある一点を見据えて動かない。
 ただならぬ彼の表情に、あわてて史絵奈も彼の視線の先を追った。
 教室の窓に目を向けると・・・。
 窓の外は真っ暗闇だった。
外は暗闇なのに、教室内は暖かい色に染まっている。夕日に照らされたままに、影まであった。
 そして、恐ろしいほどの沈黙に、今さらながらに気づく。
 校庭から聞こえてくる、運動系のクラブ活動の掛声。吹奏楽部の楽器の音。生徒達が走りまわり、雑談する声が、一気に消えてしまっていたのである。



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