●17話
「死んでいるはずの修さんが、棺桶の中から話しかけてきたの。
・・・その声を聞いたのは私だけ・・。」
それでも突然、そんな話をふられてとっさに返事ができなかった。
「え?何ですって?・・・どうゆう事よ。」
もう一度、聞こうとしても、話をし出した場所が悪かった。
細い道路は車が絶えず走って、自転車を止めて話せる空間などなかったのだ。
ちょうど、目の前にかのんの住む文化住宅がそびえ立っているのだから・・。
「かのん。・・・こんな所で、話できないわ。できれば家の中で話ができたら・」
と、史絵奈が言うと彼女は、ハッとなって、
「そうね。」と答えてくる。
二人は家の中に入ると、すぐにもかのんは口を開いた。
「ほんの2・3日前の出来事なんだけれど、修さんのお葬式があったの。
心不全を起こして亡くなったらしいんだけれど、その時に修さんが、棺桶の中から話かけてきたの。」
「・・・・。」
とても恐ろしい話だった。
「初めてだったわ。死者の声を聞いたの・・。火を入れる直前だったの。
棺桶の中で叔父さんの口が開いて、
『・・・アンカーはもうここにはいられない。』
って、言ったの。・・・びっくりしたってもんじゃなかった・・。」
自信のない瞳を揺るがせて、
「その場にみんないたのに、私だけが、その声を聞いたの。・・・すごい錯覚でしょ。」
なんて言う始末。言いながらも、彼女自身、異常な出来事を、錯覚として片付けていいないのは、瞳を見れば明らかだ。
史絵奈は首を横に振った。
この話だけを聞いたのだったら、史絵奈も錯覚だったと、あえて笑い飛ばしてあげただろう。
その方が、本人も死者も浮かばれる。
けれども、言った当人が、かのんだったのだ。
「・・・・錯覚かもしんないけど、かのんが見たことも、私は信じるよ。棺桶の中の叔父さんが言ったことも・・・。」
一拍置いて、史絵奈はさらに言葉を続ける。
「普通じゃ、あり得ないって、片付けた方がいいだろうけど、なんとなくそれは、いい加減に考えない方がいいような気がする。
かのんは普通じゃないから・・・。
この家で、かのんと一緒に過ごしている時に、映像が見えたり・・結構いろんな現象が起こっていたんだから、私は信じるわ。
たまにかのんの瞳、黄金色に変化するんだよ。こんなこと言ったことなかったね。」
珍しく史絵奈がまくしたてるものだから、かのんの方があっけにとられた顔をしている。
「『・・・アンカーはもうここにはいられない。』って、おじさんが言ったんでしょ?」
史絵奈の言葉に、かのんはコクンとうなずいた。
「じゃあ。気をつけた方がいいかもしれないね。わざわざ修さんが知らせてくれたんだから。」
「どう気をつけろっていうの?」
悲鳴に近い、彼女の声。
「この世界には、いられないってことなのかも・・・。」
言っている史絵奈も、胃のあたりがギュウと締め付けられる感覚。
かのんが、この世界からいなくなってしまうなんて・・・イヤだった。
できれば耳をふさいで、なかったことにしたいくらいだった。
(でも、そんなことしても、事態は変わらないわ。)
史絵奈の中で、カンのようなものが訴えてくる。
清流のような、爽やかな雰囲気を持つかのん。少年のような体躯を持ち、並はずれた運動神経の持主で、ちょっとしたカリスマがかった雰囲気を持つ彼女。
異世界の話をすれば、まるで呼び寄せられるようにして、イメージが浮かび上がり、黄金色に瞳が変わるかのん。
自らを、異世界のもの。アンカー(印)だと言っていたではないか。
「異世界に呼び戻されるとしたら・・・。」
思わず心に浮かぶ言葉をそのまま呟いてしまった史絵奈の言葉に、かのんは蒼白になる。
今度こそ哀しげに揺らぐのを理解した史絵奈は、気がつくと彼女に抱きついていた。
腕にグッと力を入れて、
「…そうならないように、考えようよ。
そうだ!・・・アンカーにはアンカー・・かも知れないわ。」
史絵奈は自分でも、とんでもない事を言っているのは、承知の上だった。
何とかして、おびえる彼女の力になってあげたかった。
不安を少しでも取り除いてあげたかった。
「――大丈夫だよ。私がアンカーにでも何でもなってあげるから。
そうすれば、かのん。異世界にいけないって・・。
だから、そんなに不安にならないで。」
と、まくし立てる史絵奈に、かのんの体がピクリと震えた。
ゆっくりと、体を離して、かのんは史絵奈の瞳をじっと見つめた。それからイヤイヤをするように、首を横に振る。
「ダメダメ・・・妙な事、言わないでよ。史絵奈がアンカーになるって意味、わかんないよ。
ごめんね、史絵奈。・・・怖がらせちゃったみたい。史絵奈。本気にするんだもの。」
と言って、彼女は話を切り上げようとするのだ。史絵奈は首を振り、
「アンカーになるのは、どうしたらいいと思う?」
と、さらに話を続けてゆく。
かのんの顔がゆがむ。
「修さんは、お姉さんをアンカーにして、異世界から帰還したんでしょ?
だったら、ここでもアンカー(錨)を作ってみれば・・・」
「・・・そんなのどうすればいいか、わかんないじゃない。」
なおも首を振って否定してくるかのんに、史絵奈は
「私だってどうすればいいかわからないわよ。でも、このまま手をこまねいている場合じゃないわ。修さんの言葉を考えてみると・・。」
との言葉に、彼女はついコクリとうなずいてしまったようだ。
ハッとなり、口を開こうとする彼女に、目だけで制止し、
「ダメもとじゃない。何かやってみようよ・・・。」
本気の史絵奈に、かのんはとても戸惑った顔をする。
が、しばらく言葉を重ねるうちに、しぶしぶであるものの、史絵奈の意見に同意したのだった。
彼女の中に巣くう不安があるからだ。
話し合った二人の少女は、まるで稚拙なおまじないを行った。
後で考えると、なぜそんな事をしたのか、わからないくらい。
けれど、その時は、それをするのが一番の得策のように思えたのだった。
その時の異常な雰囲気に、二人は飲まれるようにして、それを行った。
・・・それとは・・・。
二人はお互いの肉を食べあったのだった。
正確には、お互いのとても柔らかな部分・・腕の裏に歯を立ててちょっとだけ齧りとる作業を行った。
まずは、かのんの肉を史絵奈が。次は史絵奈の肉を、かのんが。
かのんはどう感じたのかはわからない。
けれど、かのんの瞳が黄金色に染まり、歓喜に震えているのだけはわかった。
史絵奈だって、彼女の柔らかい感触を味わい、温かい血潮を口に含んだとき、ゾクゾクして、得も言われない陶酔感のようなものを味わった。
その行為を行った後、だめ押しに、自らの髪の毛を切って一まとめにし、別々の封筒に入れて、机の引出しにしまいこむ。
「この世界にも、自分の細胞を残しておくってのも、いい考えだと思わない?」
自分から言ったかのんの表情は、むしろサバサバした感じがして、史絵奈を安心させた。
史絵奈たちがしたことは、気休め程度にしかならなかったかもしれない。
いうよりも、根拠もないし、とんでもない勘違いで、やるだけ無駄な事だったかもしれない。
だけれども、彼女のためにできることをしたかったのだ。
史絵奈の中で、いつの間にか芽生えていた感情・・・。
かのんに対する想いは、誰にも替えがたい特別なものになっていたのだった。
その日から一晩、史絵奈は正体不明の高熱が出てうなされることになる。
病が明けて、学校に出席した史絵奈は、かのんが行方知らずになっていることを知った。